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【専門家インタビュー】リン脂質やコリンを中心とした栄養素の重要性についての研究

仙台白百合女子大学 健康栄養学科 准教授 大久保剛様

 

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研究内容について

編集部:「コリン化合物の重要性」について研究されようと思った経緯、内容についてご教示ください。

大久保様:アメリカや欧州ではビタミンは14種類です、しかし、日本では13種類です。この1種類の差は「コリン」です。コリンの摂取量が不足すると肝機能が悪くなることが知られています。しかし、現在に日本の食生活において、肝機能障害を起こすほどのコリン摂取量が不足していないのが現状です。そのため、日本ではコリンがビタミンとして認識されていないところです。では、このまま日本ではコリンがビタミンとして認められなくてよいのでしょうか。我々の答えは「No」です。

 先ず手始めに、我々は大学生の食事からのコリン摂取量について検証することにしました。管理栄養士の先生方のお力を借りて、食事を食材レベルまで分解し、アメリカのUSDA Database for the Choline Content of Common Foodsを用いてコリン摂取の概算量を算出しました。結果、人種の違いなどがあるので一概に言及はできませんが、日本人大学生は、かなりコリン摂取量が少ないことが予想されました。

 ここでの問題点は、アメリカの食材と日本の食材がかなり異なるため、今後コリン摂取量調査の確度を上げるには、日本固有の食材中のコリン含有量を定量する必要があり、我々は既に大豆食品などコリン含有量が高そうな日本人が良く好む食材の分析を進めています。

話を戻すと、肝機能障害を発症するほどでないが、確実に摂取量が足りていないと思われます。では、この状態が長く続くと、どのようなことが起きるのか。これが我々の次の疑問になりました。そこで、病院の協力を得て、人間ドックの受診者に簡易的な食事調査を実施し、各種検査結果とコリンの摂取量との相関性を検証すると興味深い結果を得ました。コリンの含有量の高い食材を食べる頻度の高いヒトは、低いヒトに比べて肝機能マーカーに影響を与える可能性が示唆されました。各種交絡因子を除外しても、有意に相関性があるため、長期間コリン摂取量が足りていない場合、急に肝機能障害を起こさなくても、じわじわと長期間かけて肝機能の低下を招いている可能性が示唆されました。現在、投稿準備中のため詳細は書けませんがコリン摂取の必要性を示す一つのデータになる可能性が示唆されています。

編集部:ありがとうございます。では次に「リン脂質、コリン化合物の生理学的機能」についての研究内容と研究成果について教えてください。

大久保様:ω3脂肪酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)を中心に長年研究を続けてきました。特に、DHAが結合したリン脂質(DHA結合型ホスファチジルコリン)の研究を行ってきました。このリン脂質は魚卵に豊富に含まれていることが分かっています。そこで、同じDHAでもイワシやマグロに含まれているDHAとは分子形態の異なる魚卵由来のDHAとの間に生理的機能に差異があるのか、同じなのかを研究していくと、魚卵由来のリン脂質には睡眠に影響を与える機能があることが分かってきました。睡眠には脳内のコリン作動性細胞が関わっていたり、DHAのような脂質が時差ボケを治す可能性が示唆されたりしているため、1分子の中にコリンとDHAを持つリン脂質は、中枢に影響を与える可能性があると考えても不思議はないと思っています。具体的には、魚卵油を3か月飲むとレム睡眠量の少ないヒトが、適正なレベルまで増えることを見つけました。これにより熟眠感を得ている可能性も示唆されました1)

 この他にも、認知機能の影響が出ることも動物実験で明らかにしています。現在は、睡眠研究や認知機能の研究に力を入れていますが、将来は、情動などへの影響も検証したいと考えています。

 一方、ある種の水溶性コリン化合物を摂取すると一過的に血中の成長ホルモン濃度を上昇させる効果2)や肝臓からケトン体を誘導して脂質を燃焼しやすくしている効果3)も認められました。このようにホスファチジルコリンから派生して、水溶性コリン化合物、脂溶性コリン化合物の機能についても認知機能や睡眠に対してどのような作用機序を持つのか、検討しています。

 参考文献

1)睡眠と環境, 8(1), 9-14, 2011

2)Nutrition, 28(11-12), 1122-1126, 2012

3)特開2014-051459

編集部:大久保様が考える本研究の意義を教えてください。

大久保様:特に中枢に影響を与える食事成分の研究に興味を持っています。しかし、向精神薬のように薬剤で的確に効果をもたらすという現象ではなく、日常の食事において何十年にも渡って機能性のある栄養素をほんの少しだけ多くとり続けることによって、歳を重ねた後にあるメカニズムの破綻を起こしにくい状態が保持されているため病気になりにくい。そんな食事成分のバランスが議論されれば、医療や薬剤に頼らずに健康が維持出来る、究極のセルフメディケーションの構築が出来ると考えています。そして、食事の内容の重要性を明らかにするということが、本研究の意義だと思っています。この重要性を兼ね備えた食事が、いわゆる粗末ではなく、「素」のものを多用した「和食」なのかもしれません。その中でも特に魚由来のω3脂肪酸やω3脂肪酸が結合したリン脂質、そして、ここから派生した水溶性コリン化合物や脂溶性コリン化合物に着目し、これらが積極的に取れる食材を心がけて食べることで、脳の健康が保てるのではないかと考えています。

しかし、動物実験では検証しにくい課題になるので、ヒト試験を中心に地道に研究を進めることが大切だと思っています。我々の研究にご興味を持たれた方は、是非ご連絡下さい。一緒に検証をしていきませんか?(笑)

 

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今後の目標について

編集部:大久保様の研究における最終的な目標を教えてください。

大久保様:最終の目的はありません。一個課題が解決すれば、次の疑問が湧いてくるからです。こうして結局、私がどこかで積み残した課題を次の世代の研究者がテーマとして興味を持ってくれれば望外の喜びです。

ただ、私が着目した研究分野が「脂質栄養学」なので、脂質は「太る」悪者ではなく、適切に摂取することで、健康維持に欠かせない脂質分子があることを皆さんに知っていただければと思います。その意味では、ω3系脂肪酸結合型リン脂質がもっと世間に認知され、1分子でDHAやEPAとコリンが摂取出来る面白い素材であることを知ってもらうこと、それが一つの目標かもしれません。

 私が研究を開始した頃は、学会にてある重鎮の先生から「リン脂質」なんか食べて意味があるのかい? と、言われた時からすれば、現在では、色々な実験結果を得てきたのかと思います。今後も、愚直に一つ一つ結果を出していければと思っています。あまり要領のいい研究者ではないので,,,

編集部:今後はどういった研究を進めていく方針なのでしょうか?

大久保様:ω3脂肪酸から研究者人生を開始して、いくつかの機能性を論文化してきました。今後は、そんなに「良い」と思うなら、実際に社会に還元する必要があるだろうと思い立ち、3年前からω3脂肪酸摂取を目的とした「魚食」普及のための食育の研究にも乗り出しています。ここ数年は、日本食育学会でも発表を続けています。

我々のターゲットは、未就学の子ども達です。彼ら、彼女らにどのようにしたら「魚」を食べてもらえるか検証を重ねていますが、子ども達は成長が早く、それに伴い、対人関係や親との関係性、そして他者からの承認欲求など劇的な変化をしていきます。今、ここにトランスセオレティカル・モデルにおける行動変容を取り入れ、絵本や映像によって動機付けを促す、コンテンツ開発に取り組んでいます。いくつか面白い結果も出てきましたので、また、我々の研究を取り上げて頂ける機会があれば、詳しくご説明させて頂きたいと思います。

 このため、今は、研究室での実験の他に保育園でのフィールドワークを行っている日々です。子ども達と関わると元気をもらえますので、これは今までになかった面白さです。

健達ねっとのユーザー様へ一言

編集部:健達ねっとをご覧になっている方に何かメッセージをお願いいたします。

大久保様:最初に私の言っていることを全て信じないでください。サイエンスは日進月歩です。昨日分からなかったことが今日分かり、今まで本当だと信じてきたことが過ちになったりします。従って、何かメディアから情報を得て、「?」と思われたら、ご自身で色々と調べてください。そして、何が真実で、何が誤った情報なのか確かめてください。また、「?」と思う習慣をつけるトレーニングを継続してください。

 巷には情報が氾濫しています。簡単に情報が取れる反面、真偽も見分けにくくなっています。そのためには、積極的に建設的に物を斜めから見る習慣を持たれることをお薦めします。これが「?」を産み出していきます。健康を維持したいと思ったら、より斜めから物事を見てください。そして、論理的に検証して、ご自身にとって有用な情報を取捨選択して頂ければと思います。

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